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指扇散策 (H28.6.17)


指扇駅



指扇(さしおうぎ)駅

JR東日本駅からハイキングのイベント「水と緑と花のまち 区の花アジサイ鑑賞と文化財巡り」に参加しました。

サブタイトルは「指扇駅をスタートして、歴史的な文化財に触れながら、西大宮駅を目指すコースです。西区の花アジサイの名所『指扇氷川神社』では数々のあじさいが楽しめます。コース終盤には源泉かけ流しの清河寺温泉があり、一日の疲れを癒やせます。」です。



指扇氷川神社



指扇氷川神社


コースの概要は次のとおりです。(約10km)

指扇駅指扇氷川神社秋葉神社秋葉の森総合公園法光寺阿弥陀寺清河寺清河寺温泉大宮アルディージャクラブハウス西大宮駅

所要時間2時間40分、約1万4千歩でした。


指扇氷川神社



指扇氷川神社のあじさい



指扇氷川神社のあじさい



指扇氷川神社のあじさい

指扇駅で受付を済ませ、地図を見ながら約25分で「指扇氷川神社」に到着です。

配布された地図は目印が少なく心配していましたが、要所要所に秋からハイキングのコースを示す矢印のマークが取り付けられており、迷うことなく散策できました。

指扇氷川神社は、創建年代等は不詳ですが、日本武尊東征の際に一宮氷川神社の分霊を当村の守護神として祀り創建したと伝えられ、指扇領七か村の総鎮守として崇められたといわれています。

明治維新後村社に列格、明治40年(1907年)に指扇領別所宮脇の別所八幡神社を合祀、明治43年(1910年)までに村内の8社を合祀したと伝えられています。



指扇氷川神社のあじさい



指扇氷川神社のあじさい



指扇氷川神社のあじさい


高台の森の中に社で、広い境内地は古社の面影を今に伝え、鳥居から本殿まで両脇に杉が植えられた静かな佇まいになっています。

本殿の裏手に「鎮守あじさい園」、東に「山野草園」、西に「里山草花園」があり、四季折々、野趣と楚々とした花を楽しむことができます。

「鎮守あじさい園」には300品種を超える多種多様なあじさいが植栽されています。

6月にはあじさい祭りが開催され、大勢の見物客で賑わいます。


指扇氷川神社のあじさい



指扇氷川神社のあじさい


指扇氷川神社のあじさい



常緑ヤマボウシ


指扇氷川神社から約45分で「秋葉神社」です。

秋葉神社に行く途中の農家の庭先に常緑ヤマボウシが見事に咲き誇っていました。



秋葉神社



秋葉神社


秋葉神社は、社伝によれば45代聖武天皇の天平年中(約1250年前)に創建されたと伝えられ、江戸時代山之内一唯公が中茎(現中釘)に治行所を置くにあたり守護神として篤く崇敬され、寛文元年に社殿が改築されました。

また、元文4年(1739年)紀州徳川家御祈願所となり篤く崇敬されました。 御祭神は火之迦具土神を始め14柱の神をお祀りし、火防、盗難除、家内安全、百難消除、延命長寿の神として関東一円に崇敬され春秋の例大祭には各地より多くの方が参拝に訪れます。


秋葉神社



オープンガーデン



オープンガーデン



オープンガーデン

「秋葉神社」の傍のお宅でオープンガーデンが行われていました。

盆栽の販売をされているかと思われるほどの、見事な盆栽が並べられていました。



秋葉の森総合公園


「秋葉神社」から約10分で、「秋葉の森総合公園」です。

「秋葉の森総合公園」は、自然とスポーツを両立させた「ネイチャースポーツパーク」がテーマの、さいたま市内でも有数の公園です。 豊かな自然が一体となって残されています。

多目的広場では、少年野球、少年サッカー、ソフトボール、グラウンドゴルフなどが楽しめます。


秋葉の森総合公園



秋葉の森総合公園



秋葉の森総合公園



秋葉の森総合公園

20ヘクタールが都市計画で決定していますが、現在はそのうちの7.5ヘクタールが開業しています。

平成21年に自然保護ゾーンが一部公開になりました。歩道や木道が整備され、自然の風景を満喫しながら散策できます。



永昌寺



池上家冨士浅間塚


「秋葉の森総合公園」から「永昌寺」を経由して徒歩15分で、「池上家冨士浅間塚」です。

「永昌寺」に関しては細部は不明です。

「池上家冨士浅間塚」は江戸時代前期に富士山をかたどって築かれた塚で、高さおよそ3.5m、直径25mの円丘状をしています。33段の石段を登ると、頂部には僅かに窪んだ平坦部があり、この平坦部の中央に建つ覆屋の中には、冨士浅間神社の木造社殿があります。


池上家冨士浅間塚



法光寺



法光寺

「池上家冨士浅間塚」から約10分で、「法光寺」です。

「法光寺」は日蓮宗の寺です。

法光寺の敷地内にある比翼塚には、ある男女の伝説が伝えられています。

指扇領主山内一唯は、家来であった高村権之丞の妻・玅陽に横恋慕してしまい、夫婦の縁を切らせて自らの側室としました。3年後に一唯は世を去りましたが、一度主従の関係になってしまった権之丞と玅陽は、一唯への義理から復縁しようとはせず、治水工事などに尽力したといいます。


権之丞と玅陽の没後、二人の墓石はそれぞれ別に建てられましたが、昭和48年(1972年)の墓地整理の際に、彼らの墓を並べて比翼塚として、共に祭られる形となりました。

比翼塚のほかにも、源之丞の子により墓前に造立された旧大宮市最古の石燈籠など見所の多い寺です。


法光寺



阿弥陀堂

「法光寺」から約5分で「阿弥陀堂」です。

「阿弥陀堂」の開基は諸説あり、様々な資料に寺名が見られるとのことです。

敷地内には指扇領主山内家家臣、本山氏伊兵衛茂正の立派な墓石があり、江戸時代には村名となるような大きな寺であったことがうかがえます。

江戸時代半ばの享保期には、阿弥陀寺村、清河寺村、木下村、平方村の子供達に住職が読み書きを教えていたことを示す筆子塚が3基残っており、市内でも比較的早い時代から寺後や教育が行われていました。

古くから地域の人々の中心となっていた寺ということができます。



清河寺


「阿弥陀堂」から約10分で「清河寺」です。

大龍山清河寺は、清河寺村の地名の由来となった臨済宗円覚寺派の名刹です。

「清河寺」は臨済宗円覚寺の末寺で、寺の紋を見ると、足利氏の「丸仁二両引紋」を使用しており、法光寺や阿弥陀堂とは異なり、指扇領主山内家の縁の寺でないことがわかります。


清河寺



清河寺

清河寺縁起によると、延文5年(1360年)に関東公方足利基氏の病気の折、夢の中に大龍の乗った兄・竹若丸が現れ、大河の清い水を基氏の頭にかけたところ、これが薬湯となってたちまち病気が治ったといいます。

基氏は竹若丸の菩提を弔うため、円覚寺第38世住職を招いて寺を開創しました。
それ以来、清河寺は代々関東公方から厚く崇拝されました。

大龍寺清河寺という寺号はこの開創のエピソードによるものです。

現在の本堂は平成19年に完成したものです。



清河寺の大ケヤキ


清河寺の大ケヤキ


清河寺から徒歩3分ほどのところに「清河寺の大ケヤキ」があります。

「清河寺の大ケヤキ」は、樹高32m、幹回り8.5m、根回り14.3mで、推定樹齢650年の巨木です。

雄大な樹形を持ち4月から5月上旬にかけて、雌雄異花の淡い黄緑色の小さな花をつけるとのことです。


清河寺の大ケヤキ



清河寺温泉



清河寺温泉

「清河寺」から約5分で、「清河寺温泉」です。

2006年2月にオープンした新しい温泉です。

露天風呂にある生温泉湯は、地下約1500mから湧出した38.3度の源泉を加温することなく掛け流しで利用しているとのことです。

露天風呂は広々としており、竹林を眺めながらゆっくりすることのできる温泉とのことです。


「清河寺温泉」から約10分で、「大宮アルディージャクラブハウス」です。

練習拠点として選手がサッカーに集中できる環境が整備されていることはもちろん、念願であったホームタウンさいたま市内の拠点として、チームとファン・サポーターとの交流の場として活用されています。

2013年1月の完成です。


大宮アルディージャクラブハウス



アルディロード



アルディロード

大宮アルディージャの練習場とJR川越線西大宮駅との間に、新しく道路が整備され、公募の結果「アルディロード」と名付けられています。

アルディロードは大宮のチームカラーでもあるオレンジ色の歩道が特徴の一つとのことです。

街灯には西区の花のアジサイを描いた応援旗が下がり、道路脇には「頑張れ!大宮アルディージャ 西区から世界へ」と書かれた横断幕も掲げられ、地域一体となって応援ムードを高めています。



アルディロード


風来坊が散策した日には、歩道は通行できましたが、車道は開通前でした。

風来坊の歩いた週末が開通予定のようでした。


        風来坊


西大宮駅


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