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横浜ベイエリアウォーク その1 (H24.10.21)


桜木町駅前



桜木町駅

「駅からハイキング」の「『鉄道開業140周年』鉄道遺構と横浜ベイエリアウォーク」に参加しました。

コースの概要は次のとおりです。

桜木町駅→桜木町駅観光案内所(スタート)→ドッグヤードガーデン→日本丸メモリアルパーク→汽車道→横浜赤レンガ倉庫→象の鼻パーク→山下公園→横浜マリンタワー(チェックポイント)→横浜中華街→横浜公園→鉄道発祥の地記念碑→桜木町観光案内所(ゴール)→桜木町駅


コースの歩行距離は約7Km、歩行時間は約2時間15分です。

写真を撮りながら歩きましたので所要時間は2時間50分でしたが、たびたび訪れている場所ばかりでしたので、無駄な動きは少なかったようで約1万歩でした。


桜木町駅観光案内所



横浜ランドマークタワーへの連絡通路

桜木町駅観光案内所で受付を済ませ、ランドマークの方に向かって進むとエスカレーターがあり、引き続いて動く歩道があります。

桜木町駅とランドマークやそれに続くビル群を結ぶ連絡通路です。

最初の散策スポット「ドックヤードガーデン」はランドマークタワーのすぐ東側にあります。


動く歩道の終了地点からさらに進むとランドマークタワーの少し手前の左側に階段があります。

階段を下りて、ランドマークタワーにある「横浜ロイヤルパークホテル」の前を通って50mほど進んだ左手が「ドックヤードガーデン」です。




この左側の階段を下りる


横浜ランドマークタワー



ドックヤードガーデン



ドックヤードガーデン

この場所には、日本に現存する商船用石造りドックとしては、最も古い「旧横浜船渠第2号ドック」がありました。

安政6年(1859年)の横浜開港以来進められていた港湾施設の拡充整備は、明治20年(1887年)英国人技師パーマーの港湾施設整備に対する提言で新たな段階を迎え、築港事業は官営で、ドックや倉庫などは民間で建設することになりました。

それにしたがい、明治22年に設立された「横浜船渠会社」がこの2号ドックを建設しました。明治29年(1896年)12月の竣工で、海軍技師の恒川柳作の設計です。その後、昭和10年に三菱重工横浜造船所の所有となりました。


明治・大正・昭和を通じて港町「横浜」の発展と共に活躍してきたこのドックは、昭和40年代に入り、船の大型化、小型船修繕の中小造船所への移行等により使用頻度が急速に低下し、昭和48年にその役割を終えました。

昭和63年から保存活用の検討・整備が行われ、平成5年
(1993年)に竣工、ドックヤードガーデンとして再生・活用されています。



横浜ランドマークタワーとドックヤードガーデン



ドックヤードガーデン

この保存改修工事によって、ドックを支える支柱構造体はランドマークタワーの地階構造体と一体的な鉄骨鉄筋コンクリート造となり、ドック底盤部は広場としての利用を考慮して、花崗岩を使い新装されています。

保存改修後の規模は幅と深さは当初の規模と変わらないものの、総長が若干短くなっています。


平成9年(1995年)12月に国重要文化財に指定されました



帆船日本丸


ドックヤードガーデンの道路の海側が「日本丸メモリアルパーク」です。

「日本丸メモリアルパーク」は、みなとみらい21地区に最初に整備された公園(港湾緑地)で、展示施設として帆船日本丸、展示ドック、海事博物館の横浜みなと博物館があります。

初代日本丸は昭和5年(1930年)に建造された、船員を養成する練習帆船です。

長さ97m、幅13m、総トン数2278トンで、定員は138名です。

マストは4本あり、最高のマストの高さは水面から46mです。

帆は29枚で、畳1245枚分に相当します。




横浜ランドマークタワーと日本丸


帆船日本丸


昭和59年(1984年)に引退するまでの54年間に、11425名の実習生を育てました。この間、地球を45.4周する距離、延べ183万kmを航海しています。

昭和59年(1984年)に横浜市に誘致され、翌年から一般公開されています。

すべての帆を広げる総帆展帆を年12回実施しています。帆を広げた美しい姿は、「太平洋の白鳥」と呼ばれていました。

日本丸展示ドックの横浜船渠第1号船渠は、海軍技師の恒川柳作の設計で、明治31年(1898年)に竣工しました。

横浜みなと博物館では、この150年の中で横浜港が積み上げてきた歴史や、技術、文化を最新の研究や情報を紹介しています。



汽車道


日本丸メモリアルパークの傍から海の方向に伸びているのが「汽車道」です。

「汽車道」は桜木町駅前と新港地区とを結ぶ、鉄道廃線跡を利用した遊歩道です。

明治44年(1911年)に開通し、昭和60年(1985年)まで新港埠頭の物資輸送に使われていた東海道貨物支線(横浜臨港線)のうち、東横浜駅と横浜港駅間の約500mが平成10年(1998年)に遊歩道として整備されました。


汽車道



汽車道からの光景



汽車道からの光景



汽車道

日本丸メモリアルパーク横から2つの細長い人工島と3基のトラス橋を経て、新港地区の運河パーク、横浜ワールドポーターズ前へと通じており、山下臨港線プロムナードとともに、桜木町から港の見える丘公園に通じる「開港の道」の一部となっています。

また、汽車道には横浜臨港線のレール跡が残されております。


汽車道から新港地区に入った一角が運河パークといわれる広場です。

水面を活用した親水広場、芝生公園、遊歩道などがあります。遊歩道の脇には、ちょっとした芝生の広場のように造られており、ベンチでのんびりとしたひとときを過ごすこともできます。


ここから横浜や山下公園への水上バスも出ています。運河を行き来する小船の軌跡などをぼんやりと眺めて過ごすのも良いかと思います。


汽車道



汽車道



汽車道

ランドマークタワーをはじめとするみなとみらい21の高層建築群の織りなす風景を楽しむベストポイントが、汽車道や運河パークです。

汽車道や運河パークからは、海に浮かぶみなとみらい21のビル群を楽しむこともできます。

単に通路として通過するにはもったいないプロムナードです。


3つ目の橋を渡った左手にあるのが「横浜ワールドポーターズ」です。

横浜ワールドポーターズは、約170の店舗が世界各国の食材、ファッション、スポーツ・アウトドア用品の提供や、レストラン、シネマコンプレックス(8館/1600席)、アミューズメント施設などを展開する大型商業施設です。

「横浜ワールドポーターズ」の施設を経由して「横浜赤レンガ倉庫」に行くことができますが、今回の「駅からハイキング」のコースには含まれていません。


横浜ワールドポーターズ



ナビオス横浜

運河パークの傍らにある、建物の一部が空洞になっている珍しい形の建物が「ナビオス横浜」です。

この付近は、毎年クリスマスの時期に開催される「横濱キャンドルカフェ」の会場となります。



ナビオス横浜 この付近が横浜キャンドルカフェのメイン会場


今回は、「ナビオス横浜」を抜けて「万国橋」の信号を2回横断して、「横浜ワールドポーターズ」を左手に見ながら100mほど先の歩道橋「サークルウォーク」に向かいます。

横浜ワールドポーターズと横浜赤レンガ倉庫などを結ぶ、この歩道橋は、めずらしい円形型です。

地区のシンボルとなるよう馬車道の吉田橋や汽車道の鉄橋など、開港期の横浜の土木建築に多いトラス構造になっています。


万国橋交差点からの展望



サークルウォーク 赤く見えるのが横浜観光スポット周遊バス「あかいくつ」



サイクルウォークからの展望



横浜ワールドポーターズ

「サークルウォーク」からの景観もなかなかのものがあり、景観を楽しみながら1周してから「横浜赤レンガ倉庫」に向かいました。

「横浜赤レンガ倉庫」は、横浜港にある歴史的建築物の愛称であり、正式名称は新港埠頭保税倉庫です。



赤レンガパーク 右が1号館



赤レンガパーク


2号館は明治44年(1911年)、1号館は大正2年(1913年)に竣工しました。

保税倉庫としての役割は平成元年(1989年)までに終え、しばらく放置されていました。

平成14年(2002年)に、1号館は展示スペース、ホールなどの文化施設、2号館は商業施設となり、付近一帯は広場と公園を備える赤レンガパークとして整備され、横浜みなとみらい21の代表的な観光施設になっています。


赤レンガ倉庫2号館とイベント広場



赤レンガパークの税関の事務所遺構 前方の屋根が旧横浜港駅プラットホーム



横浜港駅プラットホーム

赤レンガパーパーク内には、旧横浜港駅プラットホームが残されています。

「横浜港駅」は、明治44年(1911年)に横浜税関構内の荷扱所としてつくられ、大正9年(1920年)7月23日に「横浜港駅」となり、東京駅から初の汽船連絡列車が乗り入れました。

関東大震災の復興期、昭和3年(1928年)当時の花形外航ターミナルに沿って、プラットホームが設けられました。

「赤レンガパーク」の休憩所として再利用されています。


「旧横浜港駅プラットホーム」の脇に赤レンガの遺構があります。

この赤レンガは、大正3年(1914年)に建設された税関の事務所遺構です。

税関の事務所は、レンガ造りのストレート葺き、3階建てのゴシック様式の建物でしたが、大正12年(1914年)の関東大震災により床や屋根が焼失したため、復旧されないまま埋め戻されて荷捌き用地となっていました。

赤レンガパーク整備のための工事の際に発見されて、現在花壇として利用されています。


税関の事務所遺構



山下臨港線プロムナード



山下臨港線プロムナード

赤レンガ倉庫から南に進むと「山下臨港線プロムナード」です。

「山下臨港線プロムナード」は、新港地区から山下公園にかけて残されていた鉄道高架橋を利用した遊歩道で、延長は約550mです。

左手に海を眺めながら、緩やかな坂になった鋪道を進むと徐々に視点が高くなり、周囲の展望が開けてきます。

ビルの2階〜3階に相当する高さで、歩きながら振り返ると、赤レンガ倉庫やみなとみらいのビル群を一望する景観が広がります。


「山下臨港線プロムナード」の傍にある塔が、横浜3塔の一つ、横浜税関の「クイーン」です。

横浜3塔は、横浜港のシンボルとして長年市民に親しまれ、横浜港に入港してくる船の目印になっていました。

塔の愛称は、入港する船の外国人船員達がトランプのカードに例えて名付けたといわれています。

神奈川県庁本庁舎(キング)、横浜税関(クイーン)、開港記念会館(ジャック)です。


横浜税関(クイーン)



象の鼻パーク



横浜大桟橋と象の鼻



象の鼻パーク

山下臨港線プロムナードの海側にあるのが「象の鼻パーク」です。

山下臨港線プロムナードから海を眺めると、大桟橋客船ターミナルつけねから左方向に伸びている防波堤があります。

この防波堤を上から見ると象の鼻に似ていることから、通称「象の鼻」と呼んでいます。


横浜の港はここ象の鼻地区から始まりました。

横浜市では、この貴重な地区の歴史性や象徴性を活かしながら賑わいや交流の場を生み出すため、広場や緑地を基本とした段階的な整備を進め、開港150周年の平成21年6月2日(開港記念日)に「象の鼻パーク」としてオープンしました。


横浜大桟橋



氷川丸



氷川丸とみなとみらい21



山下公園からのみなとみらい21の展望

今回のコースは、横浜の観光名所の一つ横浜大桟橋をパスして、山下臨港線プロムナードを「山下公園」まで進みます。

山下公園は関東大震災後の復旧事業の一環として、被災した瓦礫や焦土などを埋め立てて造られた臨海公園です。


山下公園は横浜の観光の中心、横浜の「顔」とも言える存在です。

プロムナードを降りたところから山下埠頭まで約1kmの長さで海岸に面しており、面積は約7万平方メートルです。

中華街、元町、山手などの横浜の有名な観光スポットにも近く、そういった意味でもまさに横浜の観光の拠点となる公園です。


インド水塔



インド水塔

プロムナードを降りたところにあるのが「インド水塔」です。このインド水塔は、昭和14年12月に完工したインド式水飲場です。

関東大震災で被災したインド人が横浜市民から受けた援助に感謝し、当時の横浜インド商組合から横浜市に寄贈されたものです。


インド水塔から海辺に沿って氷川丸の方に少し行った右手に「赤い靴はいてた女の子」の像があります。

野口雨情作詞、本居長世作曲の「赤い靴」は、横浜港を舞台に作られた童謡です。

女の子の像はこれを記念し、多くの人に親しまれる彫刻となることを願って、山下公園に置かれています。


赤い靴はいてた女の子



山下公園とみなとみらい21



氷川丸

氷川丸は昭和5年(1930年)に三菱横浜造船所で建造された、総トン数1万2000トン、全長163.3mの豪華客船です。

30年にわたり太平洋を横断すること238回、合計2万5000人の船客を運び、「太平洋の女王」とも呼ばれました。

昭和36年(1961年)から山下公園に係留され、多くの観光客の人気を呼んでいます。


また、氷川丸の西側は横浜駅東口、みなとみらい、赤れんが倉庫、山下公園を結ぶシーバスの発着場になっています。

山下公園の西端の石段を登った高台から、「ボーリング橋」を渡ると、「横浜人形の家」です。


ボーリング橋



ボーリング橋からのイチョウ並木



横浜人形の家



横浜人形の家

横浜人形の家は昭和61年6月に誕生しました。

現在、世界約140カ国、約10,000体の人形を収蔵し、メルヘンにあふれた展示が行われており、人形を通じて、それぞれの国の風俗や文化を楽しむことができます。


人形の家の前に「青い目の人形」が置かれています。

昭和2年の春、ひな祭りにあわせて、日米の親善と平和を願う米国市民の思いをこめた13,000体の青い目の人形が、はるばる太平洋の波濤を越えて横浜の港に着きました。

「かわいい親善大使」たちは、日本の津々浦々の小学校や幼稚園に贈られ、友好促進に尽くしました。

人形の家の前に置かれている、青い目の人形彫刻のモデル「ポーリン」ちゃんは、そのなかの一体で、今も横浜市西区の西前小学校に大切に保存されているそうです。


青い目の人形



横浜マリンタワー



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        風来坊


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