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目黒雅叙園・百段階段 (H29.6.2)


目黒雅叙園百段階段



百段階段を上部から

目黒雅叙園は昭和6年(1931年)に料亭として開業しました。また、日本国内最初の総合結婚式場でもありました。

本格的な北京料理や日本料理を供する料亭でしたが、メニューに価格を入れるなど当時としては斬新なアイディアで、政治家、華族層以外の一般市民の利用者を増やしました。

また、中華料理店で一般に見られる円形のターンテーブルも創業者の細川力蔵が考案し、その後中国に伝わったという説もあります。


木造(旧館)の目黒雅叙園は太宰治の小説『佳日』にも登場します。

絢爛たる装飾を施された園内の様子は「昭和の竜宮城」とも呼ばれていました。

「百段階段」は通称で、かつての目黒雅叙園の3号館で、昭和10年(1935年)に建造され、目黒雅叙園で現存する唯一の木造建築です。

食事を楽しみ、晴れやかな宴が行われた7部屋を、99段の長い階段廊下が繋いでいます。
階段は厚さ約5cmのケヤキ板を使用しています。


 

百段階段へのエレベーター

 

百段階段


階段で結ばれた各部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の著名な画家達が創り上げた美の世界が描かれています。


"
昭和の竜宮城"と呼ばれた目黒雅叙園の建物の特徴は、装飾の破格な豪華さにあります。

その豪華な装飾は桃山風、さらには日光東照宮の系列、あるいは歌舞伎などに見られる江戸文化に属するものともいえ、その装飾の美しさから見ても、伝統的な美意識の最高到達点を示すものとされています。

平成21年(2009年)3月、東京都の有形文化財に指定されました。



エレベーター入口


目黒雅叙園では「坂本龍馬展」が6月1日(木)〜6月25日(日)の間、開催されています。

このイベントは、高知の坂本龍馬記念館が工事のため1年間閉館するため、「坂本龍馬記念館巡回展」として開催されるものです。


目黒雅叙園の百段階段では定期的にイベントが開催されますが、殆どのイベント写真撮影禁止です。


しかしながら、今回のイベントは写真撮影がOKでした。


エレベーターの内部



エレベーターの内部

受付を終了して、エレベーターで3階に上がり少し進むと前方に百段階段が伸びています。

「百段階段」は通称で、実は99段です。

昔から日本では数の多いものを「百」や「千」という言葉で表現しました。目黒雅叙園の階段も永遠に続くような長さの階段ですので、通称「百段階段」と呼ばれています。

あと1段足さずに、99段で止めているのには諸説ありますが、「縁起担ぎ」のためといわれています。


十畝の間


十畝の間



十畝の間


百段階段の最初の部屋が十畝の間(じっぽのま)です。

螺鈿細工(らでんざいく)と花鳥画が調和する格式の高い部屋です。

欄間の下の長押、床の間の落掛、床框などに施された、この部屋の螺鈿細工は黒漆研ぎ出しというもので、漆地に研いだ貝殻を文様に切って張り、漆で塗り込めます。それを木炭で一面に研ぎ貝の文様を現すか、小刀などで文様部分の漆膜を削り起こして仕上げをするという、大変手の込んだ細工になっています。


十畝の間



十畝の間



十畝の間



十畝の間

このように一部屋の長押すべてに漆螺鈿細工が施されているというのは、非常に珍しいものです。また。柱、鴨居、床脇、天井吹寄格縁に至るまで、夜光貝などの青貝の微塵粉塗仕上げがされ、その黒漆の落ち着いた美しさが重厚な印象を与えています。さらに子型に組まれた天井は格天井といい、お客様を迎える広間などに使われる格子のある様式です。

各縁の組手には、金の金具と七宝焼きの装飾が施され、そのひとつひとつの格にはめ込まれた襖仕立ての鏡板には、荒木十畝の四季淡彩花鳥画が描かれています。

天井には前室に8面、本間に15面、合計23面の襖仕立ての鏡面に荒木十畝による四季の花鳥画が描かれています。

黒漆の螺鈿細工が随所に見られる重厚な造りの部屋です。


漁礁の間


漁樵の間



漁樵の間


次が、漁樵の間(ぎょしょうのま)

尾竹竹坡、盛鳳嶺コンビの漁樵問答の床柱が圧巻です。

部屋に入るなり圧倒されるのは、空間を埋め尽くす彫刻の数々です。なかでも樹齢280〜300年、直径60cmの巨木に深く彫り込まれた極彩色の彫刻です。

中国に伝わる「漁樵問答」をモチーフに、春と秋、海と山、立っている姿と座っている姿というように相対するものが描かれた、尾竹竹坡原画、盛鳳嶺彫刻による傑作です。


漁樵の間



漁樵の間



漁樵の間



漁樵の間

欄間・天井もこのコンビによる作品で、欄間は平安時代の貴族風俗になぞらえて、五節句を現したもの。正面は1月7日の人日、その両面が5月5日の端午の節句。さらに右は3月3日上巳の節句(桃の節句)。後ろの欄間が7月7の七夕で、左側が9月9日の重陽の節句です。

さらに障子も、上が曲線になっている、書院などによく見られる意匠の火灯窓というものです。障子の格子を、釘などを使わず、さまざまな角度で組み込むことで模様を作り出す日本伝統技術である組子が取り入れられています。



漁樵の間



漁樵の間


室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられ、彩色木彫と日本画に囲まれた美しさは息を呑むほどの絢爛豪華さです。

床柱は左右ともに巨大な檜で、精巧な彫刻
(中国の漁樵問答の一場面)が施されています。

格天井には菊池華秋原図の四季草花図、欄間には尾竹竹坡原図の五節句が極彩色に浮彫されています。


漁樵の間


草丘の間


草丘の間



草丘の間



草丘の間

次が、草丘の間(そうきゅうのま)です。

磯部草丘による四季山水画

現在は40畳敷きの大広間になっていますが、昔は奥の間と控えの間に分けられていて、奥の間の欄間には四季草花絵、控えの間には瑞雲に煙る松原の風景画が描かれています。

この2部屋が一つになったことで、残念ながら仕切りの部分の欄間にあった夏の絵がなくなってしまいましたが、風景画を得意とした草丘の画風を堪能することができます。


そして天井には15面の秋田杉に花鳥画が描かれています。また格縁も装飾を控えたシンプルな造りです。これは、絵を生かすことを優先したデザインなのではないかと考えられます。

四隅の柱は五寸角(約15cm角)の面皮柱になっています。面皮柱とは、角は丸のまま残し、四面に木目を出したもので、主に茶室に使われます。少なくとも樹齢35年以上のものでなければ美しい木目が出ず、また一部屋をこの柱で構成するには同じ太さで真っ直ぐなものを揃えなければならないので、大変貴重な建築意匠となっています。


草丘の間



草丘の間



草丘の間

格天井の秋田杉及び欄間には礒部草丘の四季草花絵、瑞雲に煙る松原の風景が描かれています。障子建具は非常に手の込んだ面腰組子です。


静水の間


静水の間



静水の間


4番目は、静水の間(せいすいのま)です。

小さい部屋ながら格天井や床の間が力強い造りに


池上秀畝、小山大月、長嶋華涯、橋本静水らの絵がひしめくなか、揮毫が一番多い橋本静六の名を取って「静六の間」と呼ばれています。

まず天井から見ていくと、奥の間の天井は今までの格天井とはまた一味違った造りで、格縁は秋田杉を吹寄せにし、扇面に池上秀畝の鳳凰・松が描かれています。いずれも吉祥画で、元は神殿の天井画だったもの。


静水の間



静水の間

控えの間の天井画は静水ほかの画家によるものになっています。

控えの間の床框に見られる桧のうるみ漆塗黒ぼかしは珍しい意匠とされています。

また、同じく控えの間の床天井及び床脇に天袋・地袋とも欅材で、見付(正面から見える部分)は梨地(果物の梨のようにぶつぶつとした表面の仕上げ)漆塗、地袋の天井は欅の春慶塗、奥の間の床框のうるみ漆塗、床脇の梨地漆塗など、凝った漆の仕上げが重厚な趣となっています。



静水の間


奥の間の床柱は黄檗丸洗。格天井の秋田杉には池上秀畝の鳳凰・舞鶴、欄間四方には小山大月の金箔押地秋草が描かれています。次の間の天井及び欄間は橋本静水等の画伯によるものです。


静水の間


星光の間


星光の間



星光の間



星光の間

5番目は。星光の間(せいこうのま)です。

北山天然絞り丸太が随所に使われた明るい印象


床柱と四隅の柱、そして長押まですべて北山杉の天然絞り丸太という珍しい建材で構成されているのが、この部屋の大きな特徴です。

木材に関しては、床脇の床脇の天袋・地袋のゴンザロ・アルベス、前地床にはスクピラと、ともに南米材が使われていますが、これも目黒雅叙園の大きな特徴で、旧1号館〜7号館に至るまで、今では手に入らない貴重な南米材が多く用いられました。


この部屋でもう一つのポイントは星光の絵です。天井、欄間、襖絵いずれも板倉星光が揮毫。欄間四面には四季の食材、天井には四季草花図、襖には草花図が描かれています。

最後によく部屋を見回してみると、天井は格天井ではなく、欄間も低く、こじんまりとした印象。またスッキリと明るく他の部屋とは明らかに雰囲気が異なります。部屋ごとにがらりと印象が変わるのもまた目黒雅叙園の楽しみです。


星光の間



星光の間



星光の間



星光の間

奥の間の床柱は北山杉天然絞丸太で、次の間の床柱は槇出節、両室とも格天井及び欄間いっぱいに板倉星光の四季草花が描かれています。


清方の間


清方の間



清方の間


6番目が、清方の間(きよかたのま)です。

清方の画のほか、珍しい建材や造りなどみどころ満載

明治から昭和にかけての日本画の人気作家・鏑木清方の絵画で飾られた一室。完成当時「人物画の巨匠 清方画伯先生の大作 目黒雅叙園清方荘に完成」と銘打った新聞広告が打たれたことからも、清方の人気は絶大だったことが窺えます。


清方の間



清方の間

控えの間は水屋を設けた茶室風の造りで、ことらの床柱、落掛、水屋の羽目板は南米材のパープルハートという珍木。この直径10cmになるまでに50年以上の歳月がかかっていると思われます。また三段の棚板はゴンサロ・アルベス、天袋・地袋・前地板はゼブラ・ウッドと、いずれも南米産です。

天井は網代天井といい、神代杉と秋田杉を薄くスライスして網目状(市松模様)に編んで仕上げてあります。そこにはめ込まれた扇面形杉柾板には清方の四季草花図が描かれ、ほかの部屋の格天井比べて、繊細な造りになっているのが特徴です。



清方の間


美人画の大家、鏑木清方が愛着をもって造った落ち着いた静かな茶室風の室です。

特に奥の間の床柱は径一尺五寸の北山杉の天然総絞丸太でこのような逸材は今日、市場でもなかなか見出せないものです。

廻り廊下の北山丸太を扱った化粧軒、障子建具、組子など、細心の造りです。扇面形杉柾板に四季草花、欄間の四季風俗美人画ともに
清方の筆です。


清方の間


頂上の間


頂上の間



頂上の間

最上階に位置する部屋が、頂上の間(ちょうじょうのま)です。

頂上の間の天井画は松岡映丘門下の作品です。前室、本間ともに格天井で、本間の床柱は黒柿の銘木を使用しています。



頂上の間



関連のホームページ

 目黒雅叙園

アクセス

 目黒駅から徒歩5分



    風来坊


頂上の間


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